すべてのことに感謝する知恵 – 古い書物から学ぶ

信仰の歩み

あなたも感じたことありませんか

感謝しようと思っても、できないことはありませんか?

理由は簡単です。相手が完璧でないからです。期待と違う結果になったからです。自分の思い通りにならなかったからです。

特に、人間関係の中では、感謝よりも不満が先に立つことがほとんどです。相手の良いところよりも、悪いところが見える。相手がしてくれたことよりも、していないことが気になる。

そのような時、「感謝しなさい」と言われても、心がついていかないのです。

頭では理解しています。感謝することが大切だということを。でも、心はそう簡単には動かないのです。

こんなふうに感じたことはありませんか?

もし、そうだとしたら…

もしかしたら、感謝の仕方を変える必要があるのかもしれません。

感謝を「義務」として感じるのではなく、「智恵」として理解する。その時に、感謝は心の中に自然に生まれるのではないでしょうか。

古い書物には、感謝の深い意味が書かれています。

古い書物の言葉

古い書物に、こんな言葉があります。

「全地よ、喜びの声をあげよ。喜びをもって主に仕えよ。歌いながら御前に来よ。知れ。主こそは神。主が私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、主の牧場の羊である。感謝しながら主の門に入り、賛美しながら主の宮に入れ。主に感謝し、主の名をほめたたえよ。主は恵みぶかく、その恵みはとこしえまで。主の誠実さは代々まで続く。」

(詩篇第100篇1-5節)

この詩篇は、礼拝の時に歌われた歌です。約3000年前に書かれたものですが、その内容は今日でも変わりません。

詩人が教えているのは、感謝することの前提となる、深い理解です。

「主こそは神。主が私たちを造られた」

ここが、すべての始まりです。

感謝とは、相手の完璧さに感謝することではなく、相手が自分のために存在してくれる、という根本的な事実に感謝することなのです。

親を思ってみてください。親は完璧でしょうか。いいえ、完璧ではありません。時には失敗します。時には不適切に対応します。でも、親は子どものために存在しています。それが、感謝の根拠なのです。

相手を完璧だと期待するのではなく、「その人は、自分のために存在してくれている」という事実に気づく。その時に、感謝が生まれるのです。

「私たちは主のもの、主の民、主の牧場の羊である」

この言葉には、安心感が込められています。

自分は孤独ではなく、誰かに属している。誰かに守られている。誰かに導かれている。その事実だけで、心は安定するのです。

そして、その安定した心の状態で「感謝しながら」「賛美しながら」門に入る。つまり、感謝と賛美を通じて、自分の心の安定を確認し、さらに深めるのです。

「主の恵みはとこしえまで。主の誠実さは代々まで続く」

この最後の言葉は、時間の制限がないことを意味しています。

人間の感謝は、時間とともに薄れていきます。でも、相手の恵みと誠実さは、時間の流れを超えて存在し続ける。その不変の事実に対して、人は感謝し続けることができるのです。

今、できること

では、あなたは今、何をしますか?

まず、あなたの人生で「恵み」と「誠実さ」を与えてくれた人を思い浮かべてください。

親。教師。友人。同僚。見知らぬ誰か。その人たちは、完璧だったでしょうか。いいえ。でも、その人たちは、あなたのために存在してくれたのではないでしょうか。

その人たちの「存在」そのものに、感謝してください。

次に、その人たちの恵みが、時間を超えてあなたに影響を与えていることに気づいてください。

学んだ知恵。育てられた習慣。受け取った優しさ。それらは、今も、そして将来も、あなたの人生を形作り続けるのです。

その時間の連続性の中で、感謝が深まるのです。

最後に、その感謝を、誰かに受け渡してください。

あなたが受け取った恵みを、あなたの子どもに。あなたが受け取った優しさを、あなたの隣人に。あなたが受け取った知恵を、あなたの後輩に。

感謝を受け取る人から、感謝を与える人へ。その転換が、人生全体を変えるのです。

私の経験から

81年の人生で、私は多くの人からの恵みを受けてきました。

炭砿での先輩たち。建設現場での同僚たち。信仰の道に導いてくれた人たち。そして、最も大きな恵みは、妻との18年間の結婚生活でした。

妻は完璧でしたか。いいえ、完璧ではありませんでした。でも、その妻が与えてくれた恵みと誠実さは、妻が亡くなった後も、時間を超えて、私の人生に影響を与え続けています。

妻から受け取った優しさの見方。家族への向き合い方。そして、苦しみの中でも歩み続ける強さ。

それらは、時間の経過とともに、より深く理解されるようになりました。

当時は気づかなかった妻の行為や言葉が、今では、深い恵みとして見えるのです。

その経験から、私は学びました。

感謝とは、完璧さへの感謝ではなく、時間とともに深まり、世代を超えて広がっていく恵みへの感謝なのだということを。

妻が亡くなった後も、私が感謝し続けることで、その恵みは生き続ける。そして、その恵みを私が次の世代に受け渡すことで、さらに多くの人に広がっていくのです。

あなたへの願い

今日、あなたが受け取った恵みを数えてみてください。

それは、大きなものである必要はありません。親からの言葉。友人からの笑顔。見知らぬ誰かからの優しさ。

その小さな恵みの集積が、あなたの人生を形作っているのです。

その事実に気づいた時、感謝は義務から智恵に変わるのです。

今日、考えてみてください

あなたの人生で、最も大きな恵みを与えてくれた人は、誰ですか?

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