喜びを感謝で見つける – 困難の中の古い書物の知恵

日々の気づき

あなたも感じたことありませんか

「困難な状況の中でも、『いつも喜びなさい』という言葉をご存知ですか? 朝起きて、『今日も、つまらないことばかりだ』と感じたことはありませんか?」

絶望の中でも、喜びなさいと言われたことはありませんか?

うまくいかない時。失敗して落ち込んでいる時。相手に傷つけられた時。自分の無力さを感じる時。

そのような時に、「喜びなさい」と言われても、心が反発するのです。

「今、何が喜べるというのか」

「この状況で、どうやって喜べばいいのか」

理屈では理解できても、心はそう簡単には従わないのです。

特に、人生の困難が大きいほど、喜びは遠く感じられます。

こんなふうに感じたことはありませんか?

もし、そうだとしたら…

もしかしたら、喜びの見つけ方を変える必要があるのかもしれません。

状況の中に喜びを求めるのではなく、喜ぶということそのものを選択する。その時に、困難の中にも、小さな光が見えてくるのではないでしょうか。

古い書物には、そのような深い教えが書かれています。

古い書物の言葉

古い書物に、こんな言葉があります。

「いつも喜びなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて、感謝をもって、祈りと願いをもって、あなたがたの願いを神に知らせなさい。」

(テサロニケ人への手紙第一5章16-18節)

「いつも喜びなさい」

この言葉は、強い命令です。

「できるだけ喜びなさい」ではなく、「いつも喜びなさい」

「いつも」という言葉には、時間制限がありません。朝も昼も夜も。晴れた日も雨の日も。幸いな時も苦しい時も。

この言葉を書いたパウロは、投獄されている時にこれを書いたと言われています。自由を失い、明日の命さえも保証されない状況の中で、「いつも喜びなさい」と書いているのです。

不可能なことを言っているのでしょうか。いいえ、そうではありません。パウロは、単に気分の問題として喜びについて語っているのではないのです。

「絶えず祈りなさい。すべてのことについて、感謝をもって」

ここが、鍵です。

喜びと祈りと感謝は、切り離せないものなのです。

困難な状況で、自分の力に頼ろうとするから、喜びを失うのです。祈ることで、自分の力を超えた力に頼ろうとすること。その時に、心に余裕が生まれます。

そして、その困難さえも、「すべてのことについて、感謝をもって」受け入れることです。

完璧なものに感謝するのではなく、「すべてのこと」に感謝する。つまり、困難をも、祝福のための過程として受け入れるのです。

その時に初めて、「いつも喜びなさい」という言葉の意味が見えてくるのです。

喜びとは、状況に依存した感情ではなく、自分の心の選択なのです。困難の中にあっても、祈ることで、感謝することで、心の中に喜びを見出すことができるのです。

今、できること

では、あなたは今、何をしますか?

まず、今、あなたが困難だと感じていることを思い浮かべてください。

仕事の悩み。人間関係の問題。健康への不安。人生全体への疑問。

その困難に対して、「なぜこんなことが起きたのか」と自分の力で答えを探すのをやめてください。

その代わりに、その困難を前にして、祈ってください。

「この困難は、何を私に教えようとしているのか」と、問いを投げかけてください。

その祈りの中で、新しい見方が見えてくるのです。

次に、その困難の中にも、小さな恵みがあることに気づいてください。

困難が、あなたを成長させている。困難が、あなたを強くしている。困難が、あなたを他者に優しくさせている。

そのような小さな恵みに気づく時、「すべてのことについて、感謝をもって」という言葉が心に届くのです。

最後に、その感謝の心で、もう一度、その困難を見つめてください。

すると、不思議なことに、困難は敵ではなく、友になるのです。自分を育ててくれる先生になるのです。

その時に初めて、「いつも喜びなさい」という言葉の中に、深い喜びを見出すことができるのです。

私の経験から

81年の人生で、私は三度の大きな困難を経験しました。

24歳で始まった炭砿での労働。苦しい肉体労働でしたが、その中で、人間関係の大切さを学びました。

63歳でのうつ病と退職。その後の貧困は、今思えば、人生で最も大切な学びの時期でした。月1万円の食費の中で、何が本当に必要なのかを知ったのです。

67歳での信仰への目覚め。それまでの人生全体が、この瞬間のために用意されていたのだということに気づきました。

その時、私は理解しました。

困難の中でも「いつも喜びなさい」という言葉は、決して無理なことではなく、むしろ、困難こそが、人生の最も深い喜びへの入り口なのだということを。

困難があったから、他者の苦しみがわかるようになった。困難があったから、小さな恵みの価値がわかるようになった。困難があったから、人生の意味が見えるようになったのです。

その経験から、今、81歳になって、どのような状況にあっても、私は喜びを見出すことができるようになったのです。

あなたへの願い

今、あなたが困難の中にいるなら、それはあなたが弱いからではありません。

それは、あなたが、人生の最も深い学びへ招待されている、ということなのです。

その困難を敵として受け入れるのではなく、友として受け入れてください。

祈り、感謝することで、困難の中にも小さな喜びが見え始めるのです。

今日、考えてみてください

今、あなたが困難だと感じていることの中に、どんな恵みが隠れていますか?

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