もう一度、新しく生まれることはできないだろうか

信仰の歩み

生まれ変わりの希望

もう一度、やり直したいと思ったことはありませんか?

過去の失敗を思い出すたびに、あの時あんなことさえなかったら、別の道を選んでいたら…そんなことばかり考えてしまう。今のわたしは、かつての選択の結果なんだ。だからもう変わることはできない。そう諦めてしまっている人は、少なくありません。

特に人生が長くなると、後悔の数も増えていきます。20代では気にならなかったことが、40代になると「あの時の決断がなければ」と重くのしかかってきます。60代、70代になると、人生全体を見つめて「本当に大切なものを失ってしまったのではないか」と感じることもあります。

そんなとき、わたしたちの心の奥底にあるのは、こんな思いではないでしょうか。「もう一度、新しく始めることはできないだろうか。あの過ちを繰り返さずに、今から別の人生を歩むことはできないだろうか」

そのような願いは、本当に不可能なのでしょうか。


もし、人生をやり直すことができるとしたら、どうでしょうか。

その可能性があるとしたら、あなたは今、何を変えたいですか?


古代の知恵の書に、このような言葉があります。

「ほめたたえよ。わたしたちの主イエス・キリストの父なる神は、ほめたたえられますように。神は、その大いなるあわれみのゆえに、わたしたちを新しく生まれさせてくださいました」

「新しく生まれさせてくださった」という表現です。

この言葉が書かれた当時、「生まれ変わる」というのは、完全に新しい人生が始まることを意味していました。過去の失敗は帳消しにはならないかもしれませんが、そこから新しい道を歩むことが可能になるということ。かつての自分が支配していた「恐れ」「罪悪感」「諦め」から解放されて、新しい視点で人生を見つめることができるようになる。それが「新しく生まれる」ということなのです。

わたしたち81歳の日本人にとって、これはとても励ましになる言葉です。なぜなら、この言葉には「遅すぎることはない」というメッセージが込められているからです。

人生の後半に入ってから、あるいは人生で最も大事なものを失ってから、それでもなお「新しく生まれる」ことが可能だというのです。それは、完全に別人になるということではなく、これまでの人生経験を抱きしめながら、そこから学び、新しい目で人生を見つめ直すということ。

古い書物の言葉は、そこに希望があると告げているのです。


では、「新しく生まれる」ために、今、できることは何でしょうか。

それは、とても小さなことかもしれません。

これまで「あの人とは合わない」と思っていた人に、もう一度、向き合ってみる。これまで「自分にはできない」と諦めていたことに、もう一度、挑戦してみる。これまで「許すことはできない」と思っていた相手を、もう一度、許す勇気を持ってみる。

人生をやり直すというのは、大きな環境を変えることだけではなく、心の持ち方を新しくすることなのです。

昨日までのわたしが正しいとは限らない。昨日までのわたしが見えていなかったものが、今日は見えるかもしれない。昨日までのわたしでは判断できなかったことを、今日のわたしなら判断できるかもしれない。

そのような小さな変化の積み重ねが、やがて「新しく生まれた」という実感につながっていくのではないでしょうか。


わたし自身、63歳でうつ病になり、人生が終わったのではないかと感じたことがあります。せっかく築いてきたものを失い、社会からも取り残されたように感じました。貧困の中で、何度も「なぜ生きているのだろう」と考えました。

しかし、67歳のとき、人生をもう一度見つめ直す機会を与えられました。それは、新しい信仰によってもたらされたものです。過去は変わりませんが、過去を見つめる角度が変わった。失ったものは戻りませんが、失ったからこそ見えてくる大切さがあることに気づきました。

「新しく生まれる」というのは、そういうことなのだと、今、わかります。

過去の失敗は、わたしを支配する力を失いました。むしろ、それはわたしを導く智慧になったのです。だからこそ、わたしは81歳になった今も、新しく生まれ、新しく歩み続けることができているのです。

完璧ではありません。まだ迷い、まだ悩みます。でも、「やり直すことはできない」という絶望の中にはいません。いつでも、どこからでも、新しく始めることはできる。そのことがわかっただけで、人生が大きく変わったのです。


あなたも、新しく生まれることができます。

遅すぎることはありません。失ったものは大きいかもしれませんが、これからの人生は、まだあります。今日から、今この瞬間から、あなたは新しく歩み始めることができます。

その小さな一歩を、応援しています。


今日、これまで「諦めていたこと」の中に、もう一度向き合える可能性がないか、考えてみてください。

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