人生の四季を生きる

人生の転機

あなたも感じたことありませんか?

人生には「季節」があります。

春のような若い時代。太陽が昇り、新しい可能性に満ちた時期。

夏のような実り多い時代。仕事も家族も充実し、忙しく活動する時期。

秋のような成熟の時代。子どもたちが独立し、人生の意味を問い始める時期。

冬のような晩年。身体も力も弱くなり、人生を振り返り、準備をする時期。

あなたも感じたことがあるのではないでしょうか。

同じことをしていても、若い時期と今では、全く違う意味に感じられる。

同じ失敗でも、若い時期は「やり直せる」と思うが、今は「もう遅い」と感じる。

同じ喜びでも、若い時期は「さらに大きなことをしたい」と思うが、今は「今この瞬間を大事にしたい」と思う。

人生の各ステージで、大切なことが変わってくるのです。


もし、そうだとしたら…

では、人生の春・夏・秋・冬の各段階で、私たちが本当に大切にすべきことは何でしょうか。

若い時代に全力を尽くすことだけが、人生の成功でしょうか。

年を取ることは、人生から引き下ろされることなのでしょうか。


古い書物の言葉

古い書物『伝道者の書』に、非常に有名な言葉があります。

この書物の中には、人生を四季に見立てて描いた美しい言葉があるのです。

聖書にはこう書かれています:

あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。わざわいの日が来ないうちに、また『何の喜びもない』と言う年月が近づく前に。
太陽と光、月と星が暗くなる前に、また雨の後に雨雲が戻って来る前に。

(伝道者の書12:1-2)

この古い言葉は、単なる人生訓ではありません。

当時の人たちにとって、四季は非常に大切な象徴でした。

春は新生。冬は死。という単純な理解ではなく、各季節に意味があったのです。

この古い書物の著者は、人生を四季に見立てて、各段階での生き方を説いています。

春:学び、夢を追う時期。新しい可能性に満ちた時期。

この時期は、「創造者を覚えること」が大切です。つまり、人生全体を見通す目を持つこと。

若い時期は、目の前の成功だけに心を奪われます。でも、「人生全体の中で、今をどう生きるか」を考えることが大切だということです。

夏:実り、活動の時期。仕事も家族も充実する時期。

この時期は、つい自分の力を過信してしまいます。

「自分の力で何でもできる」と思い、周囲の人を顧みなくなります。

でも、古い書物は言います。この時期こそ、「人生には限りがある」「自分は小さな存在だ」という視点を忘れてはいけないと。

秋:成熟、実りの完成の時期。また、衰えが始まる時期。

この時期は、人生の意味を問い始めます。

「これまでやってきたことは、本当に意味があったのか」

「自分は何を遺すことができるのか」

古い書物は、この時期に「後悔」や「虚しさ」が襲い掛かることを知っています。

でも、だからこそ、「今をどう生きるか」が大切になるのです。

冬:衰え、静寂の時期。人生の終わりが見える時期。

この時期は、苦しい時期です。

身体が痛い。友人たちが次々と亡くなる。「生きていることの喜び」を感じにくくなる。

古い書物も、この時期の苦しさを率直に描きます。

しかし、冬も人生の大切な季節です。

春夏秋の中で蒔かれた種は、冬に休み、春を待つのです。


今、できること

では、今日の私たちは、この古い書物から何を学べるでしょうか。

若い時期にいる方へ

学生時代、新社会人の時期にいるあなたは、今が「春」かもしれません。

この時期に大切なことは、「人生全体を見通す視点を持つこと」です。

目の前のテストの成績、最初の仕事での成功だけに心を奪われていませんか。

時には立ち止まって、「自分は人生全体の中で、何を大切にしたいのか」を問うてみる。

そうすることで、後になって「あの時期の選択は正しかった」と思えるような人生になるのです。

仕事の充実期にいる方へ

30代、40代で、仕事も家族も責任が増える時期にいるあなたは、「夏」かもしれません。

この時期は、忙しさに追われ、自分がどれほど小さな存在か、どれほど限りある時間を生きているか、を忘れやすいのです。

毎日の仕事に追われる中で、時には深呼吸をして、「自分の人生は本当にこれで良いのか」と問い直してみる。

そうすることで、仕事の優先順位が変わり、本当に大切なものが見えてくるのです。

人生の意味を問い始めた方へ

50代、60代で、人生の秋に入ったあなたは、「後悔」や「虚しさ」を感じることがあるかもしれません。

「これまでやってきたことは、本当に意味があったのか」

その問いは、苦しいかもしれません。

でも、その問いは大切です。

なぜなら、その問いに向き合うことで、初めて「今からできること」「今から遺せること」が見えるからです。

あなたの人生経験は、無駄ではありません。

その経験を誰かのために活かす方法を、この時期に見つけることができるのです。

人生の冬にいる方へ

80代を迎えた私のような者は、「冬」の季節にいます。

この季節は、苦しい季節です。身体は思うように動きません。友人たちが減ります。

しかし、この季節も大切です。

長い人生の中で、春夏秋に蒔かれた種が、冬の静寂の中で、どのような実を結ぶかを見ることができるのです。

そして、冬から春へ。人生の季節は巡ります。

自分が蒔いた種は、自分が見ることのない春に、花を咲かせるかもしれません。


私の経験から

正直に言います。

若い時期の私は、目の前のことだけに心を奪われていました。

仕事での成功、給料の増加、社会的地位。

それらが、人生全体の中でどのような意味を持つのか、考えることはありませんでした。

だから、後年になって「あの時期に別の選択肢があったな」と気付いた時の後悔は、相当なものでした。

仕事が充実していた時期も、忙しさに追われ、家族を顧みることが少なかったように思います。

妻が病気になった時、初めて気付きました。

「仕事も金も、そんなに大切ではなかった」と。

人生の秋を迎えた時、「これまでの人生は何だったのか」という虚しさが襲ってきました。

63歳で失業し、貧困を経験したのは、その時期でした。

でも、その経験を通じて、初めて見えてきたことがあります。

「人生は、どの季節にいても、意味がある」ということです。

春には、夏の責任を知らずに、純粋に学ぶことができる喜びがある。

夏には、自分の限界を知り、他者に頼ることを学ぶことができる。

秋には、人生全体を見直し、本当に大切なものを見つめ直すことができる。

冬には、これまでの人生を整理し、次の世代のために何かを遺すことができる。

四季は、すべて完全です。


あなたへの願い

今、あなたがどの季節にいるのか、考えてみてください。

春のような時期なら、「今この瞬間を大切にしながら、人生全体を見通す視点を持つ」ことを忘れずに。

夏のような時期なら、「忙しさの中で、自分がどれほど小さな存在か、どれほど限りある時間を生きているか」を思い出してください。

秋のような時期なら、「後悔」や「虚しさ」を感じていることは悪いことではありません。それは、人生を真摯に生きた証です。その中から、「今からできることは何か」を探してみてください。

冬のような時期なら、苦しいでしょう。でも、あなたの人生の季節は巡ります。冬から春へ。あなたが蒔いた種は、誰かの春に花を咲かせるかもしれません。

人生に無駄な季節はありません。

春も、夏も、秋も、冬も。

すべての季節で、あなたは成長し、学び、愛することができます。


今日、考えてみてください

今、あなたはどの季節を生きていますか。

そして、この季節で、あなたが本当に大切にすべきことは何ですか。

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