小さな変化が、人生を変える〜危機を見抜く知恵

日々の気づき

危機が迫っているとき、あなたは気づくでしょうか。

人生の中で、多くの危機は突然やってくるように見えます。しかし、よく見つめてみると、その兆候は前からあったのではないでしょうか。

職場のトラブルも、最初は小さなことから始まります。気づかないうちに、人間関係にひびが入り、やがて大きな問題へと発展する。その時になって「あの時気づいていれば」と後悔するのです。

健康も同じです。ある日突然、病気が診断されます。でも、その前に、体は何度も小さな信号を送っていたのではないでしょうか。疲れやすくなった、気力がない、体が重い。そうした小さな変化に気づかず、無視していたのです。

人生のあらゆる場面で、危機は前触れを持っています。その前触れに気づき、早い段階で対応する力。それが「危機を見抜く知恵」なのです。


もし、危機を予測して、その前に対応できるとしたら、どうでしょうか。

あなたは、今、どんな「小さな危機の信号」を見逃していないでしょうか。


古い書物に、こんな言葉があります。

「利口な者は危難を見ると、それを避けて身を隠す。単純な者は先へ進んで、罰を受ける。」(箴言7:12)

この言葉は、聖書の箴言という知恵の書に記されています。書かれたのは、今から約3000年前。古代イスラエルの社会は、現代と違う環境でしたが、人間の本質は変わりません。

「利口な者」と「単純な者」の違いは、何でしょうか。

それは、学歴や知識の量ではなく、「見える力」の違いなのです。

危機の兆候を見つけられるか、見つけられないか。危機が迫っていることに気づけるか、気づけないか。その違いが、人生を大きく左右するのです。

危機を見抜く知恵とは、何か特別な能力ではなく、日々の観察力、気づく力、そして小さな変化を軽視しない姿勢なのです。

古い書物は、この力が「学べるもの」だと教えています。つまり、あなたも身につけることができるということです。


では、危機を見抜くために、今、できることは何でしょうか。

まず、日常の小さな変化に目を向けてみてください。

仕事の上司の表情がいつもと違う。同僚の声がいつもより疲れている。家族が無言で食事をしている。そうした小さな変化は、何かのサインかもしれません。

完璧に理解する必要はありません。ただ「何かが変わった」という気づき。それだけで十分です。その気づきが、危機を予測する第一歩になり、小さな変化に気づく習慣をつくります。

次に、その変化の原因を考えてみてください。

「どうしてだろう?」と問う習慣をつけることです。理由もなく、感情や状況が変わることはありません。必ず、背景があるのです。

その背景を理解しようとする姿勢が、危機を見抜く知恵へとつながっていきます。

そして、もし危機の兆候が見えたら、早めに対応してください。

これが最も重要です。危機は、初期段階での対応が決定的です。小さなひび割れが、やがて大きな崩壊へと進まないよう、早期に手を打つ。

その勇気が、あなたの人生を、そして周囲の人生をも守るのです。


わたし自身、この知恵がなくて、多くの失敗をしました。

63歳でうつ病になるまで、わたしは小さな変化を見逃していました。仕事のストレスの兆候、心身の疲弊の信号、家族関係の微妙なズレ。それらに気づかず、対応しないまま、やがて全てが崩壊してしまったのです。

もし、若い頃に「危機を見抜く知恵」があったなら、違う人生だったかもしれません。しかし、その失敗があったからこそ、今、この知恵の大切さを語ることができるのです。

67歳で信仰を持つようになり、聖書のこの言葉に出会ったとき、わたしは気づきました。

人生は、大きな決定よりも、日々の小さな気づきと対応によって、形作られるのだということを。

完璧な人間ではなくても、注意深く、小さな変化に目を向ける習慣をつけることで、人生の危機の多くは防ぐことができるのです。

81年生きてきたわたしが、今、若い人たちに伝えたいことは、このことです。


危機を見抜く知恵は、誰にでも学べます。

完璧な予測はできなくても、注意深く、丁寧に日常を見つめることで、あなたも危機を察知する力を身につけることができます。

その力が、あなたの人生を、そして大切な人たちの人生をも守るでしょう。


今日、あなたの周囲の小さな変化に気づいてみてください。その気づきから、危機を見抜く知恵が始まるのです。

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