2コリント12:9-10
【1】あなたも感じたことありませんか?
自分の弱さに、打ちのめされたことはありませんか。
うまくいかない仕事、失敗ばかり繰り返してしまう人間関係、体の衰えを感じる毎日。さらに、完璧でない自分に対する自責感。
「もっと強くなりたい」「もっとできる人間になりたい」。誰もが一度は、そう願ったことがあるでしょう。
けれども、私たちは本当に「強さ」を手に入れたいのでしょうか。それとも、弱さそのものの中に、実は隠された何かがあるのでしょうか。
【2】もし、そうだとしたら……
もし、あなたの弱さが、実は最大の強みだったら、どうでしょう。
つまり、失敗も、限界も、痛みも、すべてが自分を成長させるための大切な「経験」なのだとしたら。
古い聖書の中に、驚くべき言葉があります。
【3】古い書物の言葉
「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」(2コリント12:9)
こう書いた人は、パウロという使徒です。彼は言います。
「ですから私は、キリストのゆえに、弱さ、侮辱、苦悩、迫害、困難を喜んでいます。というのは、私が弱いときにこそ、私は強いからです。」(Ⅱコリント12:10)
つまり、彼は自分の弱さを、誇りに変えた。弱さを認めることで、初めて力を受け取ることができた、ということです。
これは、私たちの通常の考え方とは正反対です。加えて、一般社会では「弱さは隠すもの」「欠点は補うもの」と教えられてきました。
しかし、聖書はここで、弱さこそが、本当の力の入り口だと言っています。この感覚は、
葛藤の中でという別の聖書の教えにもつながります。…
【4】今、できること

では、この教えを日常で、どのように活かすことができるでしょうか。
まず一つ目は、自分の弱さを「敵」として見ることをやめることです。失敗した日、できなかったことがある日、体が思うように動かない日、そうした時に「自分はダメだ」と責めるのではなく、「これもまた、人生の学びだ」と受け入れる。
加えて、その弱さを誰かに打ち明けてみてください。親友、家族、あるいは信頼できる誰かに、自分の弱さを認める勇気を持つこと。すると、不思議なことに、相手もあなたに心を開き始めます。
やがて、その関係の中で、初めて本当の信頼が生まれるのです。
つまり、弱さは、人と人をつなぐ橋となるのです。
【5】私の経験から
私は63歳でうつ病になり、仕事を失いました。食費月1万円という貧困を経験しました。冬道を灯油のタンクを担いで1km歩いたこともあります。
その時の私は、完全に「弱さ」を感じていました。
けれども、その苦しみの中で、初めて他の人の痛みが分かるようになりました。貧困の中で食べ物の大切さを知り、病気の中で健康のありがたさを知りました。
そして、それが、今、私がこうしてブログを通じて、誰かの痛みに寄り添うことができた理由なのです。
もし、あの弱さがなかったら、私は相手の痛みを本気で理解することはできなかったでしょう。
【6】あなたへの願い
あなたの弱さは、決して、あなたの価値を下げるものではありません。
むしろ、それは、あなたが本当の強さを持つために、今、神が与えてくださっている機会なのです。
完璧でなくていい。失敗してもいい。限界があってもいい。
その中にこそ、本当の力が隠されているのです。
【7】今日、考えてみてください
あなたが今、感じている弱さは、実は、誰かの心に寄り添うための準備なのかもしれません。
その弱さを、どのように受け入れてみますか。


コメント