やり直しは、いつでもできる

信仰の歩み

「もう、取り返しがつかない」

そう思ったこと、ありませんか?

大きな失敗をしてしまった。信頼を裏切ってしまった。大切な人を傷つけてしまった。

謝りたいけれど、今さら遅い。受け入れてもらえるはずがない。だから、遠ざかったまま。

そんな後悔を抱えて、前に進めずにいる。

私も、同じでした。

本当に、やり直すことはできないのでしょうか?

失敗した自分を、許せない。

周りの人も、もう自分を見放しているに違いない。だったら、新しく始めることなんて、できるはずがない。

そう思い込んで、諦めてしまう。

でも、本当にそうなのでしょうか?

古代の物語が教えてくれること

古代の知恵の書に、こんな物語があります。

ある若者が、父親に言いました。

「財産を、今すぐ分けてください」

父親は何も言わずに、財産を分けました。若者は、それを持って遠い国へ行き、好き放題に使い果たしました。

お金が尽きると、友人たちは去っていき、誰も助けてくれない。飢えて、豚の世話をする仕事にありつきましたが、豚の餌さえ食べたいと思うほど、みじめな暮らしになりました。

ある日、若者は我に返りました。

「父の家の使用人でさえ、パンを十分に食べているのに。帰ろう。父に謝ろう。もう息子と呼ばれる資格はない。使用人の一人にしてもらおう」

そして、ボロボロの姿で家に向かいました。

ところが、まだ遠く離れているのに、父親は息子を見つけました。

走り寄って、抱きしめました。

息子は言いました。「お父さん、ごめんなさい。もう息子と呼ばれる資格はありません」

でも父親は、使用人たちに言いました。

「一番良い服を持ってきなさい。指輪も、靴も。祝いの食事を用意しなさい。この子は、帰ってきたのだから」

これは、今から2000年前にイエスという人が語った物語です。

父親は、息子が説明する前に、抱きしめました。

責めなかった。「なぜそんなことをしたのか」と問い詰めなかった。ただ、抱きしめて、喜んだ。

戻ってきてくれた。それだけで十分だった。

この物語が教えてくれるのは、帰る場所があるということ。待っている人がいるということ。

そして、やり直しは、いつでもできるということです。

現代の私たちに

人生で失敗しない人は、いません。

転職に失敗した。事業がうまくいかなかった。家族を傷つけてしまった。友人と疎遠になってしまった。

そんな経験、誰にでもあります。

大切なのは、その失敗に押しつぶされて動けなくなることではなく、「帰る」勇気を持つこと。

謝る勇気。やり直す勇気。もう一度、前を向く勇気。

もしかしたら、あなたが思っているほど、周りの人はあなたを責めていないかもしれません。

むしろ、あなたが戻ってくることを、待っているかもしれません。

疎遠になった家族に、連絡してみる。 喧嘩別れした友人に、メッセージを送ってみる。 諦めていた夢に、もう一度挑戦してみる。

完璧でなくていい。ボロボロのままでいい。

ただ、帰ろうとする。やり直そうとする。その一歩が、すべてを変えます。

81年を生きてきて

正直に言います。私は、たくさんの失敗をしてきました。

63歳でうつ病になり、仕事を失いました。食費月1万円の貧困を経験しました。家族にも、たくさん迷惑をかけました。

その時、「もう終わりだ」と思いました。

でも、67歳の時、もう一度やり直そうと決めました。神学校に入学しました。周りからは「今さら?」と言われました。

でも、帰る場所があった。受け入れてくれる人たちがいた。

今、81歳になって思います。

やり直せない人生なんて、ない。遅すぎることなんて、ない。

大切なのは、諦めないこと。もう一度、立ち上がること。

あなたを待っている人がいる

やり直しは、いつでもできます。

失敗したからといって、人生が終わるわけではありません。

むしろ、失敗から学んだことが、これからのあなたを支えてくれます。

帰る勇気を、持ってください。

謝る勇気を、持ってください。

やり直す勇気を、持ってください。

あなたを待っている人が、きっといます。

あなたの人生に、新しい始まりが訪れますように。


今、あなたが「やり直したい」と思っていることは、何ですか?

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