弱い者のために声を上げる

日々の気づき

1. あなたも感じたことありませんか?

誰かが不正に扱われているのを見た時、心の中で「これは違う」と感じたことはありませんか?

職場で立場の弱い人が厳しく扱われていたり、社会の中で声を上げられない人たちがいたり。そうした場面に出会うたびに、心が痛むけれど、自分に何ができるのか分からない。そんな葛藤を感じたことのある人は、少なくないと思います。

特に日本人は、「余計なことを言わない」「和を乱さない」という文化の中で育ってきました。だから、おかしいと感じても、声を上げることに躊躇してしまう。その気持ちは本当によく分かります。

でも、もしかしたら、ただ「声を上げる」ことの大切さについて、古い書物の中に深い教えがあるとしたら。

2. もし、そうだとしたら…

声を上げることは、本当に大事なのでしょうか?

自分が目立つことになるのではないか。失敗して恥をかくかもしれない。誰も応援してくれなかったら、どうしよう。

そうした不安や恐れが、私たちを沈黙させます。でも、その沈黙の中で、声を上げられない人たちは、さらに押し潰されていく。

声を上げることの本当の意味を、一度考えてみませんか?

3. 古い書物の言葉

古代の知恵の書『箴言』の31章に、こんな言葉があります。

口のきけない人のために、口を開きなさい。すべての不幸な人の訴えのために。
口を開いて、正しくさばき、苦しむ人や貧しい人のためにさばきを行いなさい。(箴言31:8-9)新改訳聖書2017

これは、何千年も前に書かれた言葉です。時代は違いますが、その時代にも、声を上げられない人たち がいました。奴隷制度や階級制度の中で、自分の意見すら言えない人たち。身寄りのない人たち。そうした人たちのために、「口を開け」と呼びかけているのです。

重要なのは、この言葉が「やさしくしなさい」「いい人になりなさい」ではなく、**「口を開いて、言い張れ」**と、とても強い言葉で呼びかけていることです。

弱い立場の人のために声を上げることは、単なる「優しさ」ではなく、正義の問題。人間として、果たすべき責任なのです。

4. 今、できること

では、私たちは具体的に何ができるのでしょうか?

まず第一に、「見て、気づく」こと。 周りの誰かが不正に扱われていないか。立場の弱い人が押し潰されていないか。目を開いて、現状を直視することです。

次に、「話す」こと。 家族の中で。友人との会話の中で。職場の会議で。「これは違う」と思ったことを、自分の言葉で語ること。完璧な言葉でなくてもいい。自分が感じた違和感を、素直に伝えることです。

そして、「行動する」こと。 小さなことでいいのです。声を上げづらい人の代わりに、上司に意見を言ってみる。周りの人に、その人の大切さを伝える。SNSで発信する。本を読んで学ぶ。自分にできる範囲で、弱い立場の人に寄り添う行動を、一つ二つ起こしてみる。

5. 私の経験から

私自身も、若い頃は、多くの場面で沈黙してしまいました。

炭砿で働いていた時代、不当な扱いを受けている同僚がいました。でも、その時は何も言えませんでした。なぜか。自分の立場が危ないかもしれないから。目立つのが怖いから。

貧困の中にいた時代も同じです。正当な権利を主張できない立場の人たちに、何度も出会いました。でも、その時も、十分に声を上げられていませんでした。

67歳で信仰を持つようになって、初めて気づきました。

声を上げることは、勇敢さの問題ではなく、愛の問題だということを。

弱い立場の誰かのために、自分の恐れを少しだけ脇に置いて、話す。それは、その人を本当に大切にすることなのです。

6. あなたへの願い

この世の中では、自分の声が届かない人たちがいます。

あなたは、その人たちの代わりに、一声上げてくれる人になれます。

完璧な言い方でなくても。最初は恐れながらでもいい。でも、口を開く。それだけで、誰かの人生が変わるかもしれません。

7. 今日、考えてみてください

あなたの周りに、声を上げられずに困っている人はいませんか?

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