あなたも感じたことありませんか?
鏡を見つめる時、あなたは何を感じますか?
多くの人は、自分の欠点ばかりに目がいきます。年を重ねた時は特にそうです。しわが増えた、背が丸くなった、足が遅くなった。完璧ではない自分に、ため息が出ることもあります。
さらに、SNSで見かける「理想的な人生」と比較してしまうこともあるでしょう。「あの人みたいに才能がない」「自分はこんなに取り柄がない」。そう思い詰めて、自分の存在そのものを否定したくなることさえあります。
けれども、もし視点を少し変えたら、どうでしょう。もしかして、あなたの「不完全さ」こそが、最も大切な価値なのかもしれません。
もし、そうだとしたら…
完璧な人間って、本当にいるでしょうか。いえ、完璧な人間はいません。つまり、あなたの不完全さは、人間らしさの証です。そして、古代から語られている知恵の中には、その矛盾を包み込む深い教えがあります。
古い書物の言葉
「【主】よあなたは私を探り知っておられます。
あなたは私の座るのも立つのも知っておられ遠くから私の思いを読み取られます。
あなたは私が歩くのも伏すのも見守り私の道のすべてを知り抜いておられます。…私は感謝します。あなたは私に奇しいことをなさって恐ろしいほどです。私のたましいはそれをよく知っています。」(詩篇139:1-3、14)
この言葉は、旧約聖書の詩篇という祈りの書に記されています。当時のイスラエルの人々は、自分たちが「主」と呼ぶ存在に、完全に知り尽くされていると感じました。

ここで「驚くべき者として作られた」という言葉に注目してください。原語では、この「奇しい」「驚くべき」という表現は、「複雑に織られた」「精密に設計された」という意味を含んでいます。
つまり、詩人は言っているのです──あなたは、ただ存在するのではなく、この視点は、失われたものの価値という別の聖書の教えにもつながります。ここに、古代の知恵の深さがあります。意図を持って作られた存在である。あなたの人生のすべての細部が、何か深い意味を持って編まれているということです。
加えて、この詩篇の著者は、自分が「完璧」だから価値があるのではなく、むしろ自分の限界や矛盾を含めて、全て知り尽くされていることに安心を覚えています。ここに、古代の知恵の深さがあります。
今、できること
現代の日本で暮らす私たちは、完璧さを求められています。仕事では「ミスなく」、家庭では「完璧な親に」、SNSでは「理想的な人生を」。その重圧の中で、自分の不完全さに苦しむ人は多いです。
【画像挿入位置】 現代の都市風景の中で、スマートフォンを見つめる人のシルエット。画面には理想的な人生が映り、その人の影は暗く沈んでいる。けれども、背景には日が昇ろうとしており、希望の光が近づいている。
しかし、詩篇の著者の視点から考えると、あなたの「不完全さ」は欠陥ではなく、あなたが人間であることの証です。だからこそ、試してみてはどうでしょう。
今日、自分の「できなかったこと」ではなく、「できたこと」に目を向けてください。小さなことで構いません。朝、目が覚めた。ご飯を食べた。誰かに優しい言葉をかけた。その場で完璧に対応できなかったことがあっても、それを含めて、あなたはこの一日を生きました。
そして、もう一つ。自分を知ってくれている誰かの存在を思い出してください。家族、友人、同僚。あなたの完璧さを期待する人もいるでしょう。しかし、本当に大切な人は、あなたの不完全さを含めて、あなたを受け入れています。その関係の中に、古代から語られている知恵が生きているのです。

私の経験から
私は81歳です。これまでの人生で、完璧に生きたことはありません。むしろ、失敗だらけです。
タバコを80本も吸う日々がありました。仕事も何度も転職した。貧困で、食費月1万円の日々も過ごしました。自分は本当に「不完全な人間」だと思い詰めたこともあります。
けれども、67歳で信仰を持った時、あることに気づきました。この聖書の言葉──「あなたは驚くべき者として作られた」というこの言葉に、自分の人生全部が包み込まれているということです。
失敗も、苦労も、その全てが私を作ってくれた。不完全だからこそ、他の人の痛みが分かった。貧困を経験したからこそ、困っている人を助けたいと思った。その「不完全さ」が、実は私の人生を豊かにしてくれていたのです。
やがて、自分の不完全さを受け入れることで、初めて誰かを本当に思いやることができるようになりました。完璧な人間より、傷ついた経験を持つ人間の方が、他者に寄り添うことができるのです。
あなたへの願い
あなたが、今、鏡に映る自分を見つめた時に、どうか。その不完全な姿も、その生きてきた人生も、全部が価値のあるものだと感じてください。
あなたは、単に「生きている」のではなく、「生かされている」存在です。その人生の細部まで、何か意味があるのです。
今日、考えてみてください
あなたの「不完全さ」は、どんな時に誰かの役に立ったことがありますか。


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