信仰の歩み

信仰の歩み

主こそ、私への割り当てです(哀歌3:24)

人生は自分で作るのではなく、割り当てられるもの。81歳の著者が人生経験から学んだ『主こそ、私への割り当て』という言葉の意味。失敗や困難の中でも、その経験が自分に必要だったことを知る智慧。
信仰の歩み

愛された者として生きる

愛された者として生きることで、人生の質が変わる。81歳の著者が人生経験から学んだ、自分が愛されている価値を認識することの力。条件なしの愛を知ることで、人間関係と自己肯定感が根本から変わる。
信仰の歩み

何もしない時間が、人生を変える

何もしない時間が人生を変える。忙しい日々の中で、やることを手放し、静かに過ごす時間の大切さ。81歳の著者が経験した、瞑想やデボーションを通じて得た心の安定と人生の豊かさ。休息こそが、人生を前に進める力。
信仰の歩み

やり直しは、いつでもできる

失敗しても、何度でもやり直せる。81歳の著者が人生経験から学んだ、人生に遅すぎることはないという希望のメッセージ。63歳での退職、貧困、人生の転機を何度も経験した中から、何度でもやり直す勇気と方法を語る。
人生の転機

67歳で神学校へ〜人生に遅すぎることはない〜

67歳で学生になると決めたとき、「大丈夫か?」という不安はあった。でも、シンガポールの宣教師のメッセージに心を動かされ、「この人から学びたい」と思った。入学式に遅刻し、ギリシャ語に苦戦しながらも、若い仲間と共に学ぶ日々は愉しかった。人生に「遅すぎる」ことはない。